すくすく連絡帳

メモ代わりの日記です

師走

早いものでもう今年も1か月となった。
去年の今頃は会社からの指示により、
台湾に行く準備を進めていた。

日本は何かと緊急時に体制が取れない、
実行力がないと言われる。
確かにその通りだが、情報収集能力の
高さは民間人も含めてかなりの所までできている。

我が国を無茶苦茶に言う人がいるが、
「実行力のある人をあなた方は選んだのか?」と
問いたい。結局今のままが良いとか、自分が良ければ良いという
価値基準でやっていないかと。

台湾は12月の時点ではすでに武漢市から得体の知れない
ウイルスが出ている可能性ありとされており、
着々と実行に向けて準備を進めていた。
僕が行った時はちょうど台湾総統選挙真っただ中だったが、
この新型コロナが自国に持ち込まれるかもしれないとなった瞬間
(僕がちょうど日本に帰国したころ)には台湾では防護服を着た係員が
中国からの飛行機に乗り込んで検査していたという。

またオードリー・チャンなる天才・奇人がマスクの流通や
感染予測を正確に行い、台湾人は今でも「感染者数すら少ない」。

一方で「教育を止めてはいけない」「経済も回さないといけない」これも
同時にやってのけている。

細かく言えば台湾は人口が数千万人であるし、面積も小さい。
だけれども大くは山林であるから、北部や南部、中部の順に人が集中している。
その中で見えないウイルスと戦いながら、どさくさ紛れに台湾転覆を狙う
支那とも対峙しなければならない。

軍事的緊張状態が良いとは思わない。
日本のように常に平和であることは尊い

ただ平和、平和と言うだけならずっと戦後もやってきた。
世界情勢が大きく変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。
だけど最悪の事態を想定できているか、「とにかく実行ができるか」で
他と大きく差が出る。

まだ医療崩壊は起こっていない。
死者数も多くない。
評論家やコメンテーターは好き勝手に言うが、
少なくとも大阪の保健所の連携は他県も真似をした方が
良いというぐらい機能している。ただ十三市民病院や
その周りに借り上げた事実上の隔離施設はこの第三波で
明らかに慌ただしくなっている。
(事実確認は自分の目で見て肌感じた方が良い。
 邪魔にならないように歩いて回るぐらいはできる)

病気もそうだが、職業により、また職に就く段階で
影響を受ける人が多くなると自殺数が増えてしまう。
相関係数というが、1に近づくほど高くなる。
オイルショック以降の統計ではかなり正確な
数値が出ている。結果は先進国ではいまだ異常に多い。

経済を止めるか、病気を封じ込めるか、そのためには
国民にいくら配ったらいいか、、、
そういう議論もあるだろう。

また都市封鎖して強制的に外出禁止という案もあるだろう。
自粛という何だか意味のわからないことを言うのであれば、
聞いてられないという人の意見もちょっと聞いて回るぐらい
市会議員や衆参議員は地元の選挙区に帰って行ったら良い。

こんなのは正解がないから、最後は菅総理が「こうするんだ!」と
国民に石を投げられる覚悟でやるしかない。

ほとんどの日本人は(こういう時はなぜかろくでなしも含めて)それに
従う。

ここで初動で成功した台湾の例を出してきても意味がない。
もう起きたことに対して適応できることはない。

我が国の底力を見せつけて、街角に機関銃を構えた
機動隊員を配置しなくても、この国はびくともしないと
見せつけるぐらいの気迫でやって欲しい。

菅総理ではだめ、西村大臣では云々ではない、
今はこの人たちにやってもらうしかない。
そのために一国民である僕は一体何ができるのか、
どうやったら良い方向に向かうことができるのか2020年が終わるまで必死で考えたい。

タウンミーティングに参加

生まれて初めて衆議院議員と市会議員が
行うタウンミーティングに参加した。

僕はいわゆる左翼や言い方を変えたリベラルは
生涯信用することはないが、大阪は維新で息を吹き返しかけたので、
(結果は残念だ)このままではジリ貧になる維新系の議員の話を
聞きに行った。

感想は、、、
国民、市民である参加者の年寄り(99%男性)が
うだらうだらと政治家相手に答えを求めるというより、
愚痴を聞いて欲しい、話し相手が欲しいだけ。

それをわかってこういう年寄りは投票所へ行くから
調子の良いことを言って選挙になったら自分に入れてねという
ことだけだ。

政治家は選挙で選ばれた代表であるから、
尊重しないといけない。いくら僕が共産党が気持ち悪い、
れいわとか何がしたいのかわからないと思った所で、
一定数支持があって当選している人なのだということは
わからなければいけない。

政治家には僕は大体2パターンあると思っている。
金持ちのボンボンかお嬢がなるパターン。
これは例え落選しても食っていくのに何ら困らない。
だけど世間の感覚からずれているので、どうしてそういう発想に
なるのかが不明な場合がある。
ただこの種の政治家は平常時では恐らく一番適職だ。
もりかけがどうの桜がどうのと言ってもそんなこと、、、
つきつめればどうってことない。

見ていて気の毒なのが職業として政治家のタイプ。
これは落ちたらただのおっさんやおばはんになるので、
「次も当選すること」が目的となる。
だからはじめは志が高くて政治家を目指したのに、
段々人相が変わり、河合被告のように最高裁への上告も棄却され、
収監されることになるぐらいまで金がらみで追い掛け回される。

あの政治家は、、、
駄目な所は、、、
こういうことは誰でも言える。

ただ国民の付託を受けて、やってもらっている人を
動かすのは国民でしかない。

そうなると投票所に行かない国民が半分以上いるようでは
どうしようもない。

自分のことだけ良かったら良い、
どうせ誰に入れても一緒だとすねてれば良い、
そういう寂しい人間が多いから組織票や献金によって
間接支配されている党や人間が勝つことなる。

別にデモに参加せよとか意味不明な演説を行えとは
思わないが、「投票所には行って欲しい」、
ただ行かないというのも権利だと主張するなら
「出た結果にあれこれ言うのはやめて欲しい。」

死刑反対派は僕にはわからない

今の若者の考えることはわからない

こういう趣旨のことを古代人も象形文字として
残していたという。

先輩として僕が仕事を叩きこんでもらった世代は
新人類などと言われ、モーレツ社員であった今の
70代ぐらいの人に嫌味を言われたらしい。

その後はバブル世代があり、
僕らのニート量産世代、
次のゆとり世代、さとり世代と続く。

今は全てネット社会であり、確かに情報の伝達は
早く、社会に寛容さがなくなってギスギスしている感がある。

ただどうだろう、江戸時代のいわゆる瓦版(今でいうスポーツ紙)には
どこそこのちりめん問屋の女将さんと、浮世絵師の誰それが密通をしているとか、
だれだれのせがれがどこかで逢引きをしているだとかそんなことばっかり書いている。

はっきり言って100年以上前と何にも変わっていない。
人間の本質なんてものがそう簡単にかわるはずがないし、
喜怒哀楽の基準が時代によってばらばらだとも思いにくい。

前にも書いたが、たった今生まれた赤ん坊だって
100年経ったらほとんどいない。
記憶にも残らない。だったら今の蓄積である現在を好きに生きるのも良し、
金儲けに走るのも良し、ストイックに生きるのも良しだ。

ただ迷惑をかける人間は要らない。
牢屋に入ってもらうか死刑台に上がってもらうしかない。

「なぜ君は絶望と戦えたのか」

胸をえぐられるような本だが、こういう人間は
死んでもらうしかない。生きてはならない人間は要る。

愛犬を洗う

昨日「ちょっと臭いね」と母から言われていた
愛犬を洗った。

柴犬で誰からも愛される。
だけど水は大の苦手なようだ。

ここへ来ると体中にお湯をかけられて
ずぶ濡れにされると最初からわかっている。

風呂場の隅にいき、ちょっとでもかかるまいと
壁にペタッと体をくっつけている。

犬の毛はやたらめったら洗うとだめらしいが、
それでもやはりお湯で綺麗に洗い流して、
2回シャンプーをしないと洗う意味がない。

そーっと足からかけて声をかけながら洗う。
本来気持ちが良いはずなのに、
「はよ、止めてーな。」という顔全開である。

ちょっと脂ぎっていた毛がふわふわになった。
獣毛であるから完全に臭いは消えないけど、
姉が買った犬用の肌に優しいシャンプーの臭いがした。

結構重労働だが、最近は僕にペタリと寄り添う場合がある。
僕だけがいわゆるしつけをしたので、怖がっていたが、
(といっても人を嬉しがってでも噛むことだけは許さなかっただけ
トイレを失敗しようが怒ったことはないし、芸なんてせんでも良い)

もう誰も噛まないし、この子は大丈夫と心底思うようになってから
今でもボスだと思っている節はあるが、明らかに前とは違った付き合いとなった。

元気で長生きをしてくれたらいい。犬は言葉を言わぬだけで人間と変わらない。

メンタルヘルス

最近は精神科への門も
心療内科とかメンタルクリニック
看板をかけかえたこともあり、
また社会情勢も精神疾患に対する理解が
ある程度深まったこともあり、
珍しくともなんともなくなった。

また私も一時時期(数か月だが)不眠症
抑うつ状態となり、へこたれず病院へ行き、
会社から社会人たれと言われて行ったこともある。

例えば体のどこかが悪く、数値としてこれだけ異常が
出ている。この数字がこうなれば正常となると
されれば薬を服用するなり生活習慣を変えるなりして
目標と課題が認識できる。

ただ不眠症は寝ることができたら良いとかになるが、
いわゆるうつ傾向や希死念慮といったものは
今の医学では現象学のため、脳波どうと検査しても
未だ一致の基準がない。

また精神科の薬は使い方や量を間違えると
日常生活に支障が出てきて少なくとも一旦余計に悪くなっている
ように周りには映ってしまう。

幸い僕はすぐに脱出できたし、元々「薬」というものに
警戒心を今はものすごく持っているからほとんど飲まない。

ただあの時に戻って、
「死ぬこと以外かすり傷」という今のスタンスが
出来たか?というと恐らく難しい。

精神的に追い込まれると周囲との比較とか
価値基準の違いというのがあまり意味がない。

但し薬だけでよくなることは体の病気も含めて
ほとんどないことから、生活習慣を変える以外に
方法はないと考えている。

甘えだなんだというのは言わしておけば良い。
実際に甘えているかどうかも含めて。
しかし親にずっとすがりついたり、
生活保護状態から抜け出せなくなったりするのであれば、
(別に本当に働けない状態であれば受けたら良い)
もがく方法をもっと専門家は発信して欲しい。

僕はおぼろげながらわかる気がする。
・居てはいけない場所からは逃げるしかない
・運動をしないと体が疲れない
・疲れたら寝る
・精神的な疲れは免疫が下がる
・あらゆる病気にかかる恐れがある
・ノンストレスはほぼ幻覚に近い
・辛抱と我慢は違う
・性分は変えられない
・他人は自分のことに真剣に向き合うことはあっても
 自分の体調を整えることはできない
・自分はどこかで身勝手であると認識する

へんてこな思想にはまらず、自分にあった価値観、
あるいは自分が何十年と付き合ってきたのは他でもない
自分なのだから親だろうが兄弟だろうが心がダウンする前に
兆候を知る、意図的にそちらへの思考を切る、
(僕はこれをマスターできている)これをすすめる。

きつかったら脱ぎゃいいじゃん

やたらめったら丸裸になられても困るが、
生に執着するというなら、またたかだか80年そこらの
1回きりの人生を「しんどい」だけで暮らすのはあまりに
惨たらしい。世界には、、、
それはこの国の話ではない。

頑張れとかそういうことをメンタル疾患者にはいうなというが、
元気な時に考えておけと思う。

「最善を尽くし、最悪に備えよ」

量子コンピューター

知れば知るほど夜も眠れなくなるほど
わくわくする。

少年だった頃にヒーローになった自分を
想像したり、宇宙について自分なりに考えた時、
胸が高なって眠れない時があった。

思春期になり、女性に興味を持ち、
1日中それを考えることもあった。
24時間ではとても足りないと真剣に思った。

それと似た感覚に陥る。
知識の習得に夢中になるのだ。

我が家系は数学が実の所苦手だ。
ただそれは受験としての高等数学に対し、
志望校には受からなかったということである。

決められた時間で正解にたどり着くという能力に
欠けている。
しかし数年前に塾で高校生に数学を教えることに
なってから、特に関数に関しては全く問題がなくなった。
そうすると関数をきっかけに図形(幾何学)の難問以外は
「見当がつく」ようになる。

そしてそれをもとに量子コンピューターを考えると
スーパーコンピューター富岳が世界一であることは
日本として誇らしいけれども、0と1の2進数での演算を
いかに高速に行うかという近代のコンピューターの概念を
根底から覆すのが量子コンピューターだ。

詳しくは調べたらいくらでも出てくるので
自分にあった説明を見つけて戴きたいが、
0か1か裏か表かで判別するのではなく、
「重ねて考える」ことを前提としている球体のような
考え方を量子コンピューターは行う。

スーパーコンピューターが数年かかる計算を
数分でやってのける。
(ただ今はあまり意味のない計算を行うことができるのみなので
 実用化にはまだ時間がかかる)

富岳クラスのコンピューターは数十年、いや数年先には
今僕がこうやって文字を打っているパソコンになり、
一般人が購入できるレベルになる。これはコンピューターの
歴史を考えれば間違いない。

そこへ異次元の量子コンピューターがやってくると
どうなるか?を考えると、量子力学を知りたいと思ってくる。
知って理解したい、わかるようになりたいと知識欲が湧いてくる。

天海祐希が演じた女王の教室にて
「勉強はすべきものではありません、したいと思うものです。」と
小学生に対し言っていたが、あれは正しい。
勉強をしないと自分で考えることができない。

もっともらしく言う人が、勉強なんかしなくてもネットで調べれば良い、
専門家に聞けば良い、教室でなくてもオンラインでいくらでもできる、、、
意見として「あっそう」とも思わない。

そんなお話にならないことを言われても何ら響かない。

人間の豊かさはほとんど金で決まるが、それより先が何も見えない人生は
恐らく辛い。

歴史を知り、日本文学を読み、数学習い、科学を知り、
語学をマスターする。無限に楽しめる可能性があるのに、
AIに任せてどうの、、、違和感しかない。

先人が残した知識に触れるこの高揚感は中毒性を持つ。

Googleで調べて、翻訳機能で知った気になるのは
あまりにもったいない。

ラストベルト

今回、米国の大統領選で僕がトランプ大統領
再選すると読んだ大きな理由だ。

結果はバイデンかもしれない。
色々あるみたいだが、アメリカ国民ではないし、
それはアメリカ内で決着をつけてもらうしかない。
ただアメリカの政治が空白になったり、
何か実態がよくわからない状態が続くと
我が国を始め、影響が大きくなることは必至だ。

だから民主主義の限界やいびつさも露呈したけれども
やっぱり自由、権利や責任がある大きな国がうろたえるような
事態はよくない。

それで本題。アメリカはいわゆるインデアン(ネイティブアメリカン)を
皆殺しに近い状態にし、もしくは特定の地域に追いやり、アフリカから
奴隷として黒人を連れてきて、ヒスパニックが台頭し、
昔から朝鮮半島からの移民、中国大陸からの移民、
迫害され続けてきたユダヤ、本当になんでもありの多民族国家である。

しかし本来「自分たちは白人であり、人類の中で最も優秀である」と
考えてきた人たちが、実態としては低所得となり、
立ち行かなくなり、より賃金の安い仕事は他の民族に奪われており、
もう行く所がない。

そういう人たちが自称リベラルが口にする耳障りが
本当は良いはずのことが、あまりにうすら寒いので、
政治のプロであったヒラリー・クリントンを打ち負かし、
ほとんどプロレスのノリでやってたトランプに託した。

トランプを選ぶなんざ正気の沙汰ではなく、
アメリカは終わると日本の報道もずっと言っていた。
図書館に行くことをすすめる。当時の新聞にそう書いてある。

確かに中国という恐ろしい国家をこの20年で産んでしまったかも
しれないが、それでもドンパチになると相手がひるむ、泣く子も黙る
米軍相手に抑えが効いている。

これがたちまちバイデンになるとおかしくなるとは思えないけれど、
軍事同盟を少なくともアメリカ一本鎗では難しくなる。

オーストラリア、インドとすぐさま連携しようとしている
今は恐らく正解に近い行動だと思う。

少なくとも民主主義を共有できたり、
先の大戦でインドのパール判事だけが
日本に対するこの処遇は間違っていると言った国と
歩調を合わせるのが賢明だ。

インドが抱える問題はものすごく大きいけれど、
じきに中国の人口を超える国を無視しては先へは進めない。

しかしインドは日本人がイメージしているほど甘い国ではない。
また国民性や歴史を考えると中国より付き合いが難しいかもしれない。

ただやるしかない。
どの道もがき苦しむならこの方向の方が良い気がする。