りゅうかんさまの絵日記

メモ代わりの日記です

気高き昭和人

非常に残念だがまた1つの命の灯が
消える日がそう遠くない時にくる。

母方の伯母は原発乳がんで顕著なのは
灰に転移し、ステージ4である。

積極的な治療をしても回復することは
今の医学では難しい。

とても性格がおとなしく、辛抱強い。

また甥の僕には大変優しく、転職を何回か行ったので
その度に伯父が身元保証人となってもらった。
身元保証人には実印と印鑑証明が要るので、
それは伯母が毎回、車や原付で取りに行ってくれた。

伯母と母(妹)は姉妹で幼き頃より大変仲がいい。
どんなことでも話し合い、誰にも言わないけど、
伯母には相談する、母がこの世で心より信頼する人の
一人だ。

その伯母が体がしんどくて来週予約してある病院まで
待ち切れず、明日予約なしで行こうと思うとの趣旨を言ったという。

あんなに辛抱強い人がそんなことをいうことはよほどのことだ。

情報を聞くや否や母は伯母の家に泊りがけで行くと言い、
仕度をした。

僕も一刻を争うと判断したため、甥として当然の行為として
母を車で送ることにした。

母は平静を装っていたが、大切な心より愛し、信頼する姉が
追い詰められているので、僕も無い知恵を振り絞って道すがら
何かできないことはないか、無駄を省くには方法はないかと
考えていた。

母が「救急車で行けば良いのに。」と言ったのをヒントに
ざーっとどうすれば良いかを考えることができた。
母の家から伯母の家までは車で30分ほどかかる。
その間状態は不明だが伯母は苦しむ時間になる。

そこで、かかりつけの病院に連絡し、
今からそちらへ伯母を救急車で運ぼうと思うが受け入れ可能かを
確認した。受け入れは可能だと返事。

救急隊は近くにすむいとこが連絡し、一秒でも早く病院へ
向かうように母から指示が出た。

その通りに事が運び、伯母は自分の全く知らないところで
いきなり救急隊はくるは、母や甥はくるはで最初は狼狽もあり、
立腹していたが、本日予約なしで何時間も永遠と待たされる時間が
なくなり、24日まで急変がない限り家で過ごせることになる。

それだけで、体力や時間をいたずらに消費せずに済む。


肺にまで転移し、ステージ4になるともはや
臨床的にはどう最後を迎えるかにスポットを当てなおした方が
辛いが周りができる最善の策だ。

レントゲンをみたが、右肺の2分の1は全く機能しておらず、
呼吸を肩でする時も見られた。バイタルチェックでは体内の酸素濃度は
この状態にしては正常値であるが、何がいつあってもおかしくない。

母には個人差はもちろんあるが、伯母に残された時間はどの程度あるか、
緩和ケア(例.ホスピス)など人として最後を迎えるしたらどれが
一番ふさわしいか、悲しんでばかりではなく、送る者としてできる限りの
ことはした方が良いと進言しておいた。

本当に残念だがその日は最初に書いた通りそう遠くない。
あくまで同じ状況の人が居たとしたら、半年や1年という単位での
生存確率は低く、また変に医療技術を使った所で僕は伯母が苦しいだけだと
思う。それが伯母に限って例外ということはない。

それならモルヒネが最終的に入る前にできる準備は全て整え、
その瞬間を後悔のないように送って欲しいと痛切に願うばかりである。

別れがくるのは悲しい。しかし苦しんで痛みや呼吸困難が長引くのを
見たり、聞いたりする方が余計に心が痛い。

できる範囲でなんだってする。

人に迷惑をかけることだけが本当に嫌だという伯母だが、
迷惑だなんて誰一人感じている人間はいない。

きちんと我々が後悔しないことをさせて欲しい。
最後の最後の瞬間まで周りが願うことは、
とにかく苦しい時間を短くすること、
残る者たちに後悔をさせない目一杯のことをさせて
欲しいということ。

伯母の生き様は顔にでる。非常におだやかで優しい表情だ。
もうすぐ見れなくなるのかと思うとやりきれないが、
それでも最後の最後まで無理のない生活を送って欲しい。