すくすく連絡帳

メモ代わりの日記です

死刑反対派は僕にはわからない

今の若者の考えることはわからない

こういう趣旨のことを古代人も象形文字として
残していたという。

先輩として僕が仕事を叩きこんでもらった世代は
新人類などと言われ、モーレツ社員であった今の
70代ぐらいの人に嫌味を言われたらしい。

その後はバブル世代があり、
僕らのニート量産世代、
次のゆとり世代、さとり世代と続く。

今は全てネット社会であり、確かに情報の伝達は
早く、社会に寛容さがなくなってギスギスしている感がある。

ただどうだろう、江戸時代のいわゆる瓦版(今でいうスポーツ紙)には
どこそこのちりめん問屋の女将さんと、浮世絵師の誰それが密通をしているとか、
だれだれのせがれがどこかで逢引きをしているだとかそんなことばっかり書いている。

はっきり言って100年以上前と何にも変わっていない。
人間の本質なんてものがそう簡単にかわるはずがないし、
喜怒哀楽の基準が時代によってばらばらだとも思いにくい。

前にも書いたが、たった今生まれた赤ん坊だって
100年経ったらほとんどいない。
記憶にも残らない。だったら今の蓄積である現在を好きに生きるのも良し、
金儲けに走るのも良し、ストイックに生きるのも良しだ。

ただ迷惑をかける人間は要らない。
牢屋に入ってもらうか死刑台に上がってもらうしかない。

「なぜ君は絶望と戦えたのか」

胸をえぐられるような本だが、こういう人間は
死んでもらうしかない。生きてはならない人間は要る。