すくすく連絡帳

メモ代わりの日記です

にっぱちの法則(パレートの法則)

パレート最適とは違う。
あれはナッシュ均衡である程度
高度な数学をマスターしていないとわからない。

パレートの法則は2:8とか、
20%:80%とか色んな言われ方をするようだが、
統計学上のいわば経験則のようなものだ。

これが不思議と森羅万象すべてに当てはまる。

例えば売上の80%は20%の営業パーソンが稼いでいる、
言い換えれば80%の営業はお前ら全員分を足しても
売上全体の20%しか稼いでいないとなる。

統計というのはある意味酷だ。

2:8というのは8が良い方で2が悪い方ではない。

逆だ。

仕事場においては8割が屑の場合が多い。

だから大企業になればなるほど
はっきり言って明日いなくなっても困らない人ばかりと
なる。

しかしこれが不思議なのは、
例えば日本の最高学歴としては東京大学
中でも入学時の難易度は東京大学医学部が群を抜いて
高い。

東京大学は大抵の場合、村や町一番で賢いとされ、
小さい頃から神童扱いされる。

市や区や、あるいは都、府、県で一番の進学校
進み、その中でもトップが東大に入る。

待て待て、いや待て。

確かに中学校や高校から物凄い進学校に入ることは凄い。
特に関西では灘中学校なるお化けが集まる学校がある。

ただその中でもパレートの法則は有効となる。
上位の2割が東大医学部、京大医学部に進み、
残りも国公立の医学部や東京大学の文科X類
理科Y類に進む。
ちなみに東大でも文学部や教養学部は格下らしい。

また今度は霞が関に行くと東大法学部卒ばかりである。
その中でもにっぱちは有効となる。

だから東大卒と聞くと凄いと思うし、
僕には行けるはずがない学校だし、
よく勉強したんだとは思う。

ただ東大に行って屑層に位置してしまった者は
ポテンシャルとしてはすごかったのかもしれないが、
どうしようもない場合がある。

だから「その場で最善を尽くす」ことがいかに重要かだ。

40を過ぎても「自分は大阪大学の工学部卒でパナソニックに居た」、
管理職の手前までいったが人間関係につまづいてここにいる。

あるいは財閥系の企業で働いていた、その時の経験から言うと、、、

、、、もう聞いてない。僕は最近

秘儀「勝手つんぼ」

を身につけた。

ある程度以下のデシベルには蓋ができる。
本当に何も聞こえないようにスイッチを切ることができる。

できる人は自分から言わないし、仕事は言われなくても
もう既にやっている、やった結果、ここがおかしいと思うし、
こういう選択肢はどうかという案を必ず持ってくる。

前の職場ではこうだったなどどとは言わない。
ここは前の職場ではないからだ。

自分が考えた改善策を通すにはどう発信したら良いか、
どの人に何をいつ言えば良いかを考え、必ず「資料に」している。
口だけでは絶対にダメだ。

資料も見たらセンスがわかる。
字が多い、絵やグラフに凝って何が本質なのかわかない。

見栄えとしてパワーポイントで40ページ以上必要な場合はある。

しかし、ポイントはスライドでは最大3枚までに凝縮し、
何だったら私の今回の説明はこの1枚に尽きると言い切って、
それが相手に刺さるかどうかだ。

僕はこれを24歳で社会人になり、
27歳ぐらいまでは鳴かず飛ばずだったが、
しかしある人が僕をかわいがってくれて30歳までに
徹底的にしごいてくれた。

別に怖い感じじゃない、ただ「これでは駄目」「全然ダメ」
ちっとも響かないよと。

突き放した指導はされなかった。

最初のうちは「俺だったらこう書く」と手本を見せてくれた。
そして客先では流暢な感じではなく、どちらかと言うと聞こえにくいし、
スライドも綺麗じゃない。

しかしたくさん企業から提案もどきを聞いてきた
目の色を変えて食い入るようにその資料に見つめ、
メモを書きまくって、説明が一通り終わるや否や
質問が次々と飛んできた。

それにすべて打ち返していた。
打ち返すというのは全部ホームランやヒットで
返すのではない。

それはできないというのもきちんというし、
できない場合は代替案も言う。

その場で次の日程を相手から調整を願われる。
その次は決裁者を同席させるからだ。

物を売る営業を僕は知らない。

車や徒歩で靴を減らして営業活動をしても良い。
そうやって例えばスーパーの棚に並ぶ自社製品を
一列から二列に増やしてもらえば良い。

しつこく通って保険に入ってもらうのも良い。

ただ僕は「ほとんど1回目で決まる」システム営業の
関西ではピカ一の人を横で見れたのは本当に大きい。

ポイントを決めて必ずそこへ刺さるようにする。
刺さるには行ってから考えるではなく、
リサーチを行い、あたりをつける。

またこのレベルになると業界は狭いので
向こうからZさん、うちにあれ提案できない?と
指名で来る。

さらに次のステージは一旦取ってしまうと
保守とかライセンスとかで「ストック」で予算を達成できる
レベルまで到達できる。

予算を達成したら基本営業は何をやっても許される。
接待費をケチる企業が増えてきているが、
それは相手が公務員だったり、それに近い人にするのが
駄目なだけだ。

年間に5億稼ぐ(粗利率55%)人が例えば年間に3000万を接待費
使ったから一体何なんだ?

何も3000万円を着服したわけじゃなく、客を接待したり、
時には僕とその人で「最初は客が居たが、2件目からはいない状態」と
なり、3時まで北新地で遊んで、タクシーで帰る、ぜーんぶ接待費で落とした。

僕はただの金魚の糞だったから朝9時に出社するのはしんどかったけど、
(ちなみにその人は二日酔いで13時を回ったころに出社する時もあった)
それで組織の8割の面倒をみていた。

後は歳を取っただけの屑。

僕はそれを真似た。完全には無理だったが、
システムは物を売るのではない、いわば概念を売るんだ、
客の言っていることは大抵ばらばらだ。

それを文字に起こし、図に落として備えよ。

これで僕はその人に着いてから2年でその人と僕で
他を圧倒する所まで成績を上げることができた。

大阪にいたから「東京へ来い」は月に2回以上言われた。
図太い外資系がハンティングの電話をかけてきた。
(大抵わざと英語でかけてくる。しゃべってやんない。
 すると大抵流暢な日本語に変わる。)

ただ僕は30歳で私的につまづいて、心身共に病んだ時期があった。
35歳ぐらいまで精神科に通った時期もあったし、
会社もころころ変えた。その度に親類に保証人になってもらい
入社した。

自分で言ってりゃ世話ないが、できそこないの5年だった。
しかし履歴書上は実に立派だった。
それは超難関とされる企業に入社できたし、
そこでそこそこの成績は取れたからだ。

しかしふわふわして「あーだらだらした人生を送ってるな。」と
思った。

思い切って34歳で企業に属するのを病めた。

コンビニで早朝働いたり、牛乳を配ったり、
塾の講師をしたり、パソコンのヘルプデスクを家でやったり、
浮き草のような生活を34歳から35歳まで送ってみた。

すると色んな世界が見えて35歳に時、
ある日突然怖い物はもうないように思えてきた。

40歳を超えると家族の近くに住み、関西に根をはり、
ドラムをやり、武道で体を鍛え、早朝犬の散歩をするようになった。

悟りの境地まではいかないが、
「今をきちんと生きないと何も起こらない」と気づいた。
また「次にバトンを渡そうとしないのは己も含めて人にあらず」と
思った。

また付き合う人間も考えないといけない。
それは親類も含めてだ。

今の所、親や兄弟、姉妹、親戚の中で特に血縁者の中に
屑は居ない。

しかし、付随する配偶者やその周りが
どうかまで聞かれるとわからない。
屑が混じると申し訳ないが閉店ガラガラだ。


友達面して「公明党に投票を」着信拒否。
ネズミ講の勧誘「一切無視」
宗教の話「タブー」
返品不可のバツイチ子持ちの紹介「不要」

「却下」という決断は必要だ。
だって、全体の20%しか自分には意味がない。

ただ子供に対しては僕は命懸けでなんでもやる。
それはただ可愛がるだけじゃない。正論だけじゃない。
理不尽なこと、身勝手も含めて親が全部受け止めないといけない。

僕のエゴなんてどうだっていい。

本当に木の上に立って見てやるべき時に
やるだけだ。

男親の場合、大抵それは金だ。

青天井は僕の財力では無理だけど、金が無いから習い事が
できない、私学に行けない、哀れな家にしか住めない
は少なくとも未成年の間は僕が何とかしてやる。

ただ他人の害になるなら悪いが死んでもらう。
大阪湾にこの愚かな父と一緒に沈んでもらう。

20%の屑ならともかく、よそ様に危害を加えるようでは
生きる資格はない。

世の中の親よ、自分の子供に対しは全責任を負え。

どうしようもないならキチガイ病棟に
閉じ込めるか、僕のように「迷惑になるなら殺す」と
面と向かって言え。

その気持ちは必ず伝わる。
それには恥ずかしくない生き方をまずは
自分がするしかない。